延安/革命の聖地・延安!棗園・楊家嶺・王家坪・延安革命記念館 オルドスを縦断し西安へ
延安
延安駅

ホテルへ戻り、荷物をまとめ、西安行きの切符を買うために延安駅へ来た。

延安から西安まで列車で移動しようと考えたが、本数が少なくて適当な時間の列車がなく、またこの頃のこのローカル線は速度が遅く、バスの方が早く移動できるので、結局16:30発のバスの切符を購入した。

再び観光を開始する。

棗園

バスで棗園へ来た。延安は小さい都市で且つ市内で有名な観光名所なので棗園行きのバスはすぐに見つかる。

棗園は抗日戦争時期、中国共産党中央委員会書記処の所在地で、20の洞窟式住居、80の瓦葺きの部屋が造られた。1943年には毛沢東、周恩来、劉少奇、朱徳、彭徳懐等の中国共産党重鎮達が棗園に転居し、1944~47年に中共中央書記処所在地となった場所だ。

ちびっ子革命隊。
ちなみにこの人民帽、一昔前の人民は皆この帽子をかぶっているイメージがあったが、お土産用として1個10元で売られていた、自分は3色3個買い、この後行く西安で被って観光していたが、何度か「その帽子、どこで買ったんだ」と聞かれた。

ここは2回目の訪問である。

1回目は1997年8月。その頃よりもかなり観光用に整備されている。入場料も10元→無料になっていた。



これは凄い!前回来た時はこんな像なかった。

中国共産党の偉大な重鎮達!!

左から張聞天、周恩来、毛沢東、劉少奇、朱徳。



勇ましい姿の周総理、毛主席、そして劉少奇元国家主席。

更に凄いのが、黄龍と同じで、見る角度で変色して見える!!
棗園/周恩来旧居





棗園/毛主席旧居








棗園/劉少奇旧居





楊家嶺

続いて楊家嶺へやって来た。棗園からバスで3停留書程。徒歩でも行ける。

ここは抗日戦争時期、共産党八路軍の総司令部があった場所。

また棗園へ引っ越す前のに党の重鎮たちが済んでいた場所でもある。

中央大礼堂



フリードリヒ・エンゲルスとカール・マルクスの肖像画。






楊家嶺/周恩来旧居


若かりしの劉少奇と周恩来。

楊家嶺/毛主席旧居






楊家嶺/劉少奇旧居



延安名物-香菇麺

楊家嶺を出たところになった店で延安名物の香菇麺を食べる。

メニュー一覧。

香菇麺小10元。香菇とは日本語でシイタケである。日中漢字の違いで、椎茸とは書かない。

実は昨晩も食べた。ホテルに荷物を置いた後、少し付近を探索し、香菇麺の店を見つけた。味はというと、見た目の通りで対して美味しくない。いかにも北方の穀物といった感じで、先月お出かけした四川の料理とは大違いである。
王家坪

王家坪は抗日戦争期間中、中国共産党中央軍事委員会と紅軍の総司令部が置かれていた場所で、党の重鎮達はここにも住んでいたことがある。


王家坪/毛主席旧居







朱徳と毛主席。

延安革命記念館


ここは無料で入れるが、身分証明書(パスポート)チェックがある。


毛沢東像。

像の下に「毛沢東在延安」との表示がある。
「延安なくして毛沢東の存在なし」との感情が読み取れる。。





展示の内容は中国共産党が歩んできた苦難の歴史が主である。


ここ延安には「抗日軍政大学」という大学があった。

国民党からの迫害を逃れ、2年以上に渡り長征を行い、ここ不毛の地、延安に辿り着いた。そして抗日戦争を経て、国共内戦に勝利し、中国全土を掌握した。中国共産党が歩んできた、その苦難の歴史が展示されているが、そんなの全く興味が無いという人にとっては、非常にどうでもいい場所である。


無駄に広い記念館前の広場。この記念館には計1時間ほど居た。



延安にもこのような近代的なマンションがある。少し驚いた。

王家坪からバスで劇場前まで来た。宝塔が見える対岸のこの二道街付近が延安の繁華街である。

宝塔。

塔のある麓にこのような石碑があった。

宝塔、これで見収め。今度またここへ来ることがあるであろうか?
この後、駅へ戻りバスで西安へ向かった。

延安→西安高速道路で移動中。


洛川サービスエリア

途中1回、洛川という場所でトイレ休憩があった。

乗っていたバス。

西安へは夜20:00過ぎに着いた。到着した場所は城東バスターミナルであった。
