楡林/北方最前線の城郭都市に残る六楼騎街 オルドスを縦断し西安へ
楡林
楡林北バスターミナル

オルドス市(鄂尔多斯市)からバスで2時間半、12:30頃に陝西省の楡林市へ到着した。ここも「歩き方」には載っておらず、着いた当時、情報はほとんど持っていなかった。ただ、1644年に明を滅ぼした李自成の出身地ということは知っていた。

バスターミナルそばに城壁があり、なんとなく面白そう。

青色の看板の店に荷物を預け(5元)、市内観光に出掛ける。看板の「超」の下に小さく「小件寄存」と書いてあるが、中国のターミナルにあるこの手の店は、だいたいどこも荷物預けも兼ねている。

この街はかつて中華文明の北限の拠点で、街全体は城壁で囲まれている。数キロ先には万里の長城がある。しかし今回はそこまでいかなかった。

バスターミナルから少し歩いた場所に楼閣か見えたので、とりあえず行ってみる。
凌霄塔

楼閣を目指し歩いていると、塔が見えてきた。

先に塔の方へ行ってみる。

このような場所を歩いて行く。

ちょっとした丘の上にある。

「凌霄塔」という名前らしい。

入場料10元であったが、倒壊の危険性があるとのことで、この時、塔の中に入れなかった。外から眺めるだけにする。

凌霄塔がある場所は、少し高台となっていた。そこから眺めた楡林市内の様子。


高台を下りて楼閣の方へ歩いて行く。

南門

そして楼閣へ到着!この楼閣は「南門」という。
六楼騎街

楼閣をくぐると昔風の街並みの、賑やかな通りとなっていた。旧市街通りといったところ。この通りには6楼の楼閣があることから「六楼騎街」と呼ばれている。鐘楼を境に南側を南大街、北側を北大街に分かれている。
文昌閣

南側から数えて一番はじめにある「文昌閣」。

文昌閣は宗教、文化施設の役割を担っていた。

更に奥へと進む。

楡林二院。楡林市内の第2病院である。

いろんなものが売られていた。だけど買いたいと思うものは1つも無い。


万佛楼

「万佛楼」。

こちらは仏教楼閣である。

万佛楼の横を眺めた裏路地の様子。

万佛楼をくぐり、更に奥へ進む。

星明楼

「星明楼」。残念ながら修繕中でああった。こちらは軍事、警報などを担っていた楼閣だ。
鐘楼

「鐘楼」。名前の通り時報を知らせる施設で、中国の古都には必ず鐘楼がある。

意外にも建物が西洋風だ!

何故、こんな辺鄙な地方都市に西洋風の鐘楼があるのか?19世紀初頭に西洋文化、キリスト教の流入があり、その影響で西洋風のデザインが導入されたらしい。尚、この鐘楼、中国の人が建てたもので、西洋人により建てたものではないとのこと。

更に奥へと進む。ここから先は北大街へと呼称が変わる。
凱歌楼

「凱歌楼」。こちらは軍事施設の役割を担っていた。尚、もともとは「懐徳門」という名前の門で楡林城の北門の役割を果たしていた。のちに楡林城が拡張され、城内内側の楼閣となってしまった。

「凱歌楼」という名前になったのは、北方との闘いに勝利し、献俘(捕虜を献上する)、祝捷(勝利を祝う)、慶功(功績を祝う)などの儀式が執り行われ、凱歌楼と呼ばれるようになった。
鼓楼

六楼騎街の最後で最北端にある「鼓楼」。こちらも時報施設で、太鼓を叩いて都市全体に時を知らせていた。
新建南路

南大街と並行している新建南路の方へ出てみた。こちらは今風の繁華街だ。

スマホの広告。当時の相場が分かる。

中国スポーツメーカのブランドの「李寧牌」。1984年ロス五輪体操金メダリストの李寧が立ち上げた。
世紀広場

世紀広場。

中国の地方都市、だいたいどこへ行ってもこのような広場がある。


求人広告。

どうでもいいけど、暇なとき読んでみようと思い、写真に収めておいた。

逃亡容疑者の自首を促す広告。

この後、長距離バスで延安へ向かう。尚、楡林には楡林バスターミナルと楡林北バスターミナルがあり、自分が先ほど到着したのは北の方で、延安行きは楡林バスターミナルであることが分かった。荷物を預けていた楡林北バスターミナル方へ一旦戻り、楡林バスターミナルから延安へ向かった。
