北京
北京首都国際空港からエアポート・エクスプレスに乗車
JALの特典航空券で北京首都空港第3ターミナルに到着。2008年夏季オリンピック後の初の北京上陸で、空港-東直門間にエアポート・エクスプレスが出来ていた。T3駅から乗車する。
T3駅→T2駅→三元橋駅→東直門駅へと向かう。
地下的1号線「東直門」駅
「東直門」で地下鉄2号線に乗り換える。北京の地下鉄1号線、2号線は1960年代に開通しており、2番目に出来た上海の地下鉄は1990年代に開通した。その間30年の時が経っている。そのせいか北京市内他の地下鉄、他都市の地下鉄に比べてレトロ感が凄い。
地下鉄4号線「菜市口」駅
「宣武門」で地下鉄4号線に乗り換え、「菜市口」で下車する。そこからは路線バスで六里橋へ向かう。この頃まだ六里橋まで地下鉄は繋がっていなかった。ちなみにここ「菜市口」はかつて野菜市場であったのと同時に、処刑場でもあった場所である。
六里橋バスターミナル
14:30頃、六里橋のバスターミナルに着いた。山西省の大同へ行こうとしたが、大同行きの切符は売り切れであった。そのため大同手前にある河北省張家口へ行くことにした。17:00発のバスの切符を入手できた。
2時間以上、バスターミナルで時間を潰していた。
張家口
張家口南駅
北京六里橋からバスで約4時間掛かって到着。バスターミナル近辺には1泊80~100元相場の安宿が多くあった。何軒か飛び込みで空き部屋が有るか聞くが、どこも外国人客の宿泊はNG。漢庭などのチェーン店もNG。ここは人民解放軍の基地があり、他の都市とは事情が異なるらしい。どうしようもなくなり、最悪駅で野宿する覚悟で駅へ来た。
駅前の様子。治安が悪い様子は全くなく、夜遅くまでのどかな感じであった。しかしながらここで野宿する気にはならず、大同へ移動することにする。
列車の切符を購入したが、無座しかなかった。ここでまた悩む。立ち席では寝ることも出来ず、しかも翌朝3:30頃に大同に着いてしまう。大同に着いても半野宿状態になるので、無理して移動する意味がない気もする。
まだ少し時間があったので、ダメ元で駅に隣接していた「鉄路賓館」へ行ってみたら、パスポート登記無しで泊めてくれた(1泊100元)。29元は無駄になったが、深夜の大同行きは止めることにした。
ホテルの部屋の様子。比較的奇麗で、寝るだけであれば十分だった。0:30頃就寝して、朝5:00に起床した。
張家口バスターミナル
6:00頃、タクシーに乗り、昨日到着した張家口バスターミナルへ戻って来た。せっかく張家口へ来たので、少し観光したい。そしてこのバスターミナル近くには観光名所がある。大同へはバスで行くことにした。
大同行きバスのチケットは余裕で確保できた。始発の8:30出発で大同まで47元。鉄道よりバスの方が18元高い。
バスターミナルにあった張家口路線バスの案内(ご参考まで)。
大鏡門
8:30まで2時間以上あるため、張家口の代表的な観光スポットである大鏡門へやって来た。バスターミナルからタクシーで10元。ここも万里の長城の一部で、世界遺産でもある。
大鏡門は順治元年(1644年)、つまり清の入関の年に造られた。康熙帝はジュンガル部のガルダン征伐の親征の際、ここを通ってモンゴル草原に出向いた。
ここはかつて中華文明とモンゴルの境界線だった。自分はモンゴル側に立っている。
朝早いので門が閉まっている。だけど柵をよじ登って長城に入って散歩している輩が何人かいた。自分も中へ入ろうか迷ったが、止めておいた。
門をくぐった場所は工事中であった。
レトロな街並みを再現したテーマパークを建設するらしい。また戦時中、この辺は日本人街であった。
門の中の様子。
万里の長城、大境門。城門額が圧巻である。
この門の先は、かつて日本人街であった。今はテーマパークに建て直し中。
水母宮
続いてもう一つの観光名所である「水母宮」へやって来た。先ほどの大鏡門の場所から長城で繋がっている。
大鏡門からタクシーで来たが、朝早過ぎるせいか、人がいなくて代わりに野良犬が数匹いた。狂犬病が怖いのと、またここでタクシーを降りてしまうと、バスターミナルへ戻る手段が無くなってしまう。観光は諦め、おとなしくバスターミナルへ戻ることにした。
張家口バスターミナル
7:30頃、張家口バスターミナルへ戻った。
まだ時間があるので朝ごはんを食べるお店を探す。
写真右側にあった適当なお店に入る。
包子が美味しそうだったので注文したが、これが超不味かった。いかにも北方の穀物の味という感じ。1篭10個で8元。1個食べてもういいやと思ったが、お店の人に悪いので、我慢して4個食べた。そしてもうおなか一杯で食べられない!うような顔をして店を出た。
8:10頃、バス停に戻り、定刻の8:30に大同へ向け出発した。ちなみにバスの座席は最前列を確保した。