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北京/築800年超えの盧溝橋、北京大洪水に堪える! 2023年夏の北京旅行⑫

北京

盧溝橋

盧溝橋は1192年、中国の征服王朝である女真族の金王朝が統治してた時代に建設された。(なんと我が国の「いい国作ろう鎌倉幕府」と年号が同じである!)
1274年頃、マルコ・ポーロはイタリアから陸路で中国入りし、元の都へ入る際、この橋を渡り、「世界中のどこを探しても匹敵するものがない程の美しい」とこの橋を称賛していたことが、のちの著書「東方見聞録」に記載され、西欧では「Marco Polo Bridge」と呼ばれることになった。 
1937年(民国26年)300m程離れた鉄道陸橋から日本の陸軍に属する支那駐屯軍(当時)が、盧溝橋で対峙していた中国国民党軍に向け発砲する事件が起き、日中戦争へと突入した。中国ではこの歴史的事件を「七七事変」と呼ばれる。 
2023年7月末、北京では200年ぶりといわれる大雨が降り、北京市郊外では洪水被害が発生した。半年前に修復したといわれる盧溝橋近くの陸橋は洪水に堪え切れず崩壊したが、築800年越えの盧溝橋は洪水被害に耐え、中国国内でも話題になった。

盧溝橋の最寄りの地下鉄駅は14号線「大瓦窑」駅。

地図上での位置は上図の通り。

地下鉄14号線「七里荘」駅

北京4日目。この日は北京市郊外にある「盧溝橋」へ向かう。前回行ったのが20年以降前で、当時は六里橋からバスで「新盧溝橋」まで行ったが、今は地下鉄でも行けることが分かり、地下鉄で行ってみた。

地下鉄14号線「大瓦窑」

ホテル最寄りの「虎坊橋」から地下鉄7号線で「北京西」へ行き、そこで地下鉄9号線に乗り換え「七里荘」へ、それから地下鉄14号線に乗り換え「大瓦窑」で下車。

「虎坊橋」から地下鉄を乗り継いで30分程度。

百度地図を頼りに15分程歩く。猛暑の中、宛平城壁沿いをひたすら歩く。

盧溝橋東門

地下鉄駅から徒歩20分程で到着した。地下鉄駅からはそれほど近いというわけではなく、北京西駅始発の309路のバスで、「六里橋東」のバス停から「新盧溝橋」まで行く方が便利である。しかし北京西駅のバス乗り場は広すぎて分かりにくい。「六里橋東」は地下鉄9号線を下車し、すぐバス停があるので分かりやすい。ただここのバス停も路線がかなりあり、広範囲に横に長い。

入場口。ここもWeChatでの事前予約が必要であるが、観光客が押し寄せるほどの場所でもないので、現地でチケット購入できる、と見越してやって来た。

入場料は大人20元、20年前から変わっていない気がする。

問題なく窓口で購入出来た!購入にはパスポートの提示が必要。

WeChatで購入できる方は、このQRコードを読み取ると予約画面に繋がる。

入場時間の案内。7月末の洪水の影響で昨日まで閉鎖されていたとのことで、今日から入場再開したそうだ。早く来なくてよかった!ちなみにこの日は8月15日。

早速中へ入ってみる。

前回来た時よりも入口周辺はかなり整備されている。

盧溝橋の獅子を眺めながらゆっくりと歩いてみる。

盧溝橋の北側には日中戦争の発端となった鉄橋が現存している。その更に向こう側には高鉄の線路が出来ていた。

盧溝橋の獅子。

盧溝橋の獅子は橋の左右合わせ、全部で350体近くあるが、全て表情が異なっている作りとなっている。

また実際には何体あるのかが分からない。

中国語の表現で、数えきれないものの例えとして「盧溝橋的獅子」という表現がある。

一体一体をじっくり眺めてみると、非常に面白い!蹴鞠を持っている獅子、子を抱えている獅子など多種多様である。

南側に見える橋は「新盧溝橋」という一般道並び高速道路が併走している橋である。

ズームで「新盧溝橋」の様子を眺めてみる。

獅子に触ってみた。

北側にある鉄道用の鉄橋。

橋の中央付近に橋の説明が記載されていた。

1986年12月から1987年7月にかけ、大規模修繕が行われたとのこと。

盧溝橋、幅約11mで、全長約266.5mある。

川の水を様子。

盧溝橋の下を流れる川は「永定河」といい、明の十三陵近くにある「十三陵ダム」から流れている。

2週間前の7月末大雨の際、十三陵ダムが決壊して北京市内に被害が及ぶのを防ぐため、十三陵ダムを放流し、その影響で北京市郊外の房山区、門頭溝区及び河北省琢県が大洪水に見舞われた。

この獅子、横を向いている。

横を向いた表情はこんな感じ。背中に子を背負っていた。

橋の端には寄りかかったり、人が座れないよう柵が設けられている。

さらに獅子一体一体ごとに照明があてられるようになっている。夜、ライトアップするようだが、どんな感じになるのだろう?

親子でポーズを決めている。

子が親にじゃれている。

こちらも子が親の腕に縋っている。

可哀そうに顔面の半分が欠けている。

橋を渡り、対岸側へやって来た。

いくつかの石碑がある。

ちょっとした休憩所になっていたので、少し休む。

反対側は西門となっているが、西門からは出入りが出来ない。案内看板に「盧溝橋歴史博物館」の記載が見られるが、それらしいものは見当たらない。

西門の先の景色。ちなみに後で分かったことであるが、ここの突き当りが貯水池になっていて、そこに架かる橋が7月末の洪水で崩壊した。

あんなところにも獅子像がある!

盧溝橋の起点。橋の構造としては、このように像が橋を押している造りとなっていた。

左右反対側も同じ。

像が橋を押している。

盧溝橋では釣りをしてはいけないらしい。わざわざ入場料払ってここで釣りをしたい人はいないだろう。

ちなみに向こう側に見える「新盧溝橋」では釣りをしている人がたくさんいる。この河、よく釣れるようだ。

ゆっくりと東門方面へ戻ってみる。

子供が走って来た。獅子の数を数えていたので、後で聞いてみると、左側153体、右側156体あるそうだ。苦労せずして獅子の数を知ることが出来た。

しかし実際に自分で数えたわけではないので、信憑性は分からない。

「盧溝新橋」。ニュースで報道されていた、洪水で崩壊した橋は盧溝橋のすぐ近くということで、ここから見えるのかと思っていたが、実際には盧溝橋からは見ることが出来なかった。どこにあるのだろうと思っていたが、この後、4日後に偶然発見することになる。

崩壊した橋は盧溝橋の近くにあるが、同じ永定河架かる橋ではない。

ちなみにこの永定河、普段はほとんど水が流れておらず、干上がっている。今回たまたま大洪水の後であるためか、こんなに水が流れていると思われる。

修繕の跡と思われる。

東門へ戻って来た。「盧溝暁月」の石碑がある。これは清朝乾隆帝の石筆。乾隆帝もここへ来たことがあるらしい。

盧溝橋の東入場口対面に宛平城の城壁がある。前回来た時無かったので、これは再建されたものと思われる。

最後に盧溝橋西門の隣にある「小清河橋」の様子。2023年7月末に北京では200年ぶりといわれる大雨が3日3晩降り続き、北京市郊外に大洪水を引き起こし、その際、崩壊した。

盧溝橋との位置関連を動画でまとめてみた。盧溝橋へ訪問した4日後、周口店遺跡へ行く際、盧溝新橋をバスで渡った時、偶然に車窓から発見、周口店の帰りに寄ってみた。