山東省

泰安/歴代皇帝が封禅前に祈りを捧げた泰山信仰の聖地!岱廟 山東省曲阜の三孔と泰山

泰安

漢庭泰安駅前店

曲阜バスターミナルからバスで泰安へ移動。バスの中では爆睡していた。泰安駅前で下されたが、ちょうど自分が予約していた漢庭泰安駅前店の目の前であった。14:30頃チェックインをする。外の気温が高すぎて汗だくであったので、シャワーを浴びて、外へ探索へ出かけた。

上海 → 曲阜・泰安 へ移動

今回の旅行の移動ルート。

岱廟街路

泰安駅前から2路の市バスに乗り、岱廟近くまで来た。

岱廟前の通りは門前町みたいな雰囲気があり、とても賑やかだ。

岱廟

岱廟へ到着。

入場料30元。

ここは秦の始皇帝以降、有力で権力の強かった歴代の皇帝が封禅を行う前に立ち寄った廟である。また泰山登頂はここから開始するのが正式とされる。

岱廟坊

岱廟坊。古くから皇帝や参拝者は岱廟を参拝する時、必ずこの石像牌坊をくぐって岱廟へ向かった。神の領域への入口でもある。

正陽門

正陽門。嘗てこの門は常時閉ざされていて、皇帝が封禅の儀を行うため立ち寄った時のみ開けられた。

配天門

配天門。論語の「徳配天地(徳は天地に並ぶほど偉大)」が由来。封禅の儀のために訪れた皇帝は、ここで輿から降り、手を清め、少し休んでから次の仁安門へ向かった。

仁安門

仁安門。こちらも論語の「仁者安仁、知者利仁(仁徳のある人は仁の道に安んじ、知者は仁を価値あるものと理解する)」から由来している。俗世と神域を隔てる最後の境界でもある。

乾隆重修岱廟記念碑

俗称「満漢碑」。1770年(乾隆35年)、乾隆帝60歳、生母80歳の誕生日を祝い、岱廟を改造し、その際に建てられた。

天貺殿(てんきょうでん)

天貺殿。岱廟の中心建築物であり、本殿である。歴代皇帝が国家祭祀を行った最も神聖な場所。

北宋の皇帝真宗は1008年、「天書(天からの書)が泰山に降った」という出来事を公表した。そして翌1009年、その天の恩恵に感謝するため、この壮大な宮殿を建立した。門額に「天貺殿」と期されているのはその所以である。

啓門童子

1004年、北宋は遼との間で澶淵の盟(せんえんのめい)を締結し、国境維持を謀る代償として毎年遼に多額の歳幣を支払いすることになった。しかしこれにより国の権威が失墜したため、「遼との和議は天からのお告げである」と自作自演をしたんだ。

殿堂の中には東岳大帝(泰山神)が祀られている。

天貺殿前の様子。

御碑亭

御碑亭。亭のにある碑は御製碑。清の乾隆帝が泰山巡礼した際に建立された石碑。

厚載門

岱廟の最北にある厚載門へ来た。中央に霞んで見える山が泰山。

銅亭

銅亭。この亭は木材ではなく、全て青銅で作られている。本来は木造建築物であるものを青銅で精巧に再現した、中国でも非常に少ない銅建築物。もとは泰山山頂近くの碧霞祠に建てられたが、歴史の紆余曲折を経て、岱廟へ移された。

「五嶽獨宗」の石碑。泰山山頂にもあるが、ここ岱廟にもある。

正陽門

岱廟を出る。1時間くらい見学した。

岱廟近くの店でエッグタルトが売られていた。

2路のバスで駅前に戻る。

徒歩でも戻れる距離であったが、明日の泰山登山のため体力温存したく、バスで戻る(1元)。

泰山駅

泰山駅前へ戻って来た。ホテルは泰山駅前にある。

「泰山」は山の名前であって行政上は泰安市になる。駅名は「泰山站」となっている。「泰山」の方が知名度が高い。この駅はローカル線の駅で、あとで出来た高鉄専用駅は「泰安」駅となっている。

駅前広場の様子。

なんか閑散としている。

外はまだバリバリに明るいが、もう18時になるので、ここで夕食を食べることにした。そういえば「美国加州牛肉麺大王」は1990年代中国各所にあったが、2010年以降、見かけなくなってきた。

泰山ビールを飲んでみた。

牛肉麺を食べたのだが、その写真は撮り忘れた!この後、フラフラしないでホテルに戻る。明日早朝に泰山登山へ出発するので、20:00前には就寝した。