永定
土楼王子景区(福建客家民族文化村)
陽臨楼(陽臨客桟)

土楼に宿泊し、朝を迎えた。

陽臨楼の中庭の様子。

朝7:00頃。

今日は予約した車で田螺坑土楼群へ行く。

8:00出発で約束していたので7:45頃、受付へ行ったら、老板娘から「運転手は昨晩車の充電を忘れたので、8:20頃ここへ来る、申し訳ない」と言われる。本当に来るのか?不安が過るが、待つしかないので待つことにする。30分程余剰時間が出来きたので、散歩がてらに周辺の土楼を見学しに行く。
朝陽楼

陽臨楼の隣にある朝陽楼。

中へ入ってみた。

よく見ると、一つの土楼の中に複数の旅館が混在している。

景陽楼

方形土楼の景陽楼。

こちらも中へ入ってみた。

まだ時間があるので、振成楼まで行ってみる。
永成楼 <土楼No.27>

振成楼へ行く途中、通りから少し外れた場所に土楼を発見!昨日見落としていたと思われる土楼だ。永成楼といい、門の隣に「永成楼飯店」と看板があるので、旅館に改修された土楼らしい。

方形土楼であるが、端の方が崩壊していた。
中柱楼

中柱楼。こちらは昨日訪問した。
振成楼

歩いて7分ほどで振成楼へ着いた!

この位置は定番の写真スポットである。日中だと多くの観光客が途絶えることなく、ここで写真を撮っている。この時間だと他の観光客の邪魔なく写真が撮れる。


門の入り口に人がいるが、あれは係員ではない。

多分暇な人が座っているだけだと思う。日中は入場制限があるが、今なら出入り自由で入れる。でも昨日2回見学し、もうそろそろ時間なので中には入らなかった。

陽臨楼

8:15頃、陽臨楼へ戻って来た。

ここは明朝末期に建設された方形土楼である。



暫くするとお迎えが来た!陽臨楼もこれで見納めである。

8:20に車が来てくれて、田螺坑土楼へ向け出発した。写真の場所は高速を降りて、土楼王子景区と土楼王景区へ分かれる分岐点である。

本日は5月2日、五一節の2日目である。まだ朝早い時間帯のせいか、渋滞することなく南靖土楼へ快走した。

永定土楼群と南靖土楼群はそれぞれ別の行政単位に所属しており、この間には公共の交通手段が無い。移動するには自分で車やバイクタクシーをチャーターするしかない。土楼王子景区から南靖土楼旅行センターまでは約15㎞あり、そこから田螺坑土楼群までは日光いろは坂みたいな山道を10㎞程下っていく。
南靖
福建土楼(南靖)土楼群

土楼王子景区から30分程走り、南靖土楼旅行センター前に到着したが、旅行センターで下車する必要もなく、旅行センター前の田螺坑へ行く道の入口に検問所と臨時発券所があり、そこで田螺坑土楼群のチケットを購入できた。

運転手から「いくらした?」と聞かれ、「90元」と答えると、「以前は20元だった、いい商売しているよ!」と言っていた。

実は昨日からモヤモヤしている事があった。田螺坑土楼までの車の手配をお願いしていたが、そこから先の移動手段が未確定である。今日は南靖駅まで行き、17:58発のアモイ行きの高鉄でアモイへ戻る予定である。ここへ来て、自力で車を手配のは不可能だと感じたので、運転手にこの後、雲水謡まで連れて行ってもらうことにした。+80元でOKしてくれた。

雲水謡から南靖汽車駅経由で南靖駅まで路線バスが走っている。雲水謡まで辿り着けば、そこから路線バスで南靖駅まで行けるはずだ。
田螺坑土楼群
田螺坑土楼展望台

南靖土楼群旅行センターから更に車で20分程走り、田螺坑土楼展望台へ到着した。

田螺坑土楼群。

ここから一望できる土楼の景色は、福建土楼の中で最も美しい景観といわれている。

また田螺坑のこの景色は「四菜一湯」と称されている。


田螺坑土楼の見取り図。

天気も最高で、素晴らしい眺望だ!


展望台から車で下へ降り、田螺坑土楼を見学する。
瑞雲楼 <土楼No.28>

はじめに入口から最も近い瑞雲楼を見学する。

瑞雲楼。この土楼は1936に完成した、土楼の中では比較的新しい土楼である。

小さい土楼で、1階の中庭は何かゴチャゴチャしている。

日よけのパラソルが邪魔で、いい写真が撮れない。屋根の上に見えるのは、文昌楼の屋根である。

歩雲楼 <土楼No.29>

続いて歩雲楼を見学。田螺坑土楼の中で唯一の方形土楼である。



ここ歩雲楼は清朝康熙帝時代の1622~1722年の間に建設された。田螺坑土楼の中で最も古い土楼である。


外で搾りたてのジュースが売っていたので買ってみた(15元)。美味しかったが、常温で冷たくないのがやや残念。

下へ降りてみる。

観光客が多い田螺坑土楼群であるが、普通に住民も生活している。
文昌楼 <土楼No.30>



文昌楼。



土楼と晴天のコントラスト。




文昌楼は1966年に建設された。中国でプロレタリア文化大革命が勃発した年だ。田螺坑土楼群の中では一番新しい。

振昌楼 <土楼No.31>

振昌楼。1930年に完成した。

中へ入ってみる。

典型的な円形土楼である。1階はお土産屋、お茶屋、飲食店がある。

頭上の様子。

振昌楼は比較的小さい円形土楼で、きれいな写真が撮れた。

角度を更に調整し、屋根の周囲が全て収まった。

福建省はお茶の産地で、烏龍茶の高級部類の鉄観音など売られている。値段はどれも比較的お高め。

廟の様子。

和昌楼 <土楼No.32>

和昌楼。この土楼の原型は清朝嘉慶帝時代に建てられたが、火災で焼失し、1953年に再建された。

中へ入ってみる。

ここの土楼の中も、振昌楼と同じような感じでである。

頭上の様子。

青空を背景に、綺麗な円形屋根の写真が撮れた。








絵画も売られている。そういえば昨日の土楼王景区、土楼王子景区の土楼でも、同じような絵画が売られていた。だけど何でここに四川省出身の鄧小平の絵画があるのか?と思ったが、彼も客家出身である。

廟の様子。


「四菜一湯」とも称される田螺坑の5つの土楼は、全て同じ時期に建てられたものではなかった。古い土楼と新しい土楼で300年以上もの年代差がある。

土楼の壁を触ってみた。

カチカチでコンクリート並みに硬い。



田螺坑土楼群を40分程見学し、車を探しに戻った。この頃10:30過ぎ、来た時はそうでもなかったが、渋滞しはじめてきた。

田螺坑土楼群周辺の様子。この辺で主に栽培されているのはお茶かたばこである。

車が見つからないので運転手に微信で連絡をすると、入口付近は渋滞しているので、少し離れたところに車を止めていることが分かった。

ちなみにここへ来る観光客はほぼマイカーで来ており、流しのタクシー、バイクタクシーを捕まえるのはほぼ無理な気がする。南靖旅行センターから不定期に循環バスが出ているらしいが、渋滞の中、いつやって来るのだろう?

田螺坑土楼を含めた福建土楼は2008年に世界遺産に登録され、今でこそ交通インフラが整備されているが、もともとは普通の人が住まないような、もの凄い辺鄙な山岳地帯にある。裏を返せば、客家の人々がそこまで追い込まれ、自衛のために強固な要塞を建てて生活していたことが窺える。