河南省

洛陽/剣が無いのに剣を持つ!?洛陽古墓博物館の武士俑 河南省王朝街道と少林寺初詣

洛陽

洛陽古墓博物館

正午前、黄河の畔にある孟津区の光武帝陵墓からタクシーで洛陽古墓博物館へやって来た。入場無料であるが、微信で予約が必要。また月曜は休館日。

女官の像がお出迎え。

洛陽周辺にある歴代皇族たちの陵墓が紹介されていた。

立派な唐三彩である。

ここは世界でも無二の陵墓の博物館である。陵墓のレプリカが展示され、陵墓内に描かれた壁画なども展示されている。

洛陽近郊にある陵墓一覧と所在地。かつて中国13王朝の首都となった洛陽、さすがに陵墓多過ぎ!

通路の両側各部屋、陵墓内のレプリカとなっている。

入口は狭く、しゃがんで中へ入る。

なんか本物のような気がする。

かなり精巧に再現されている。レプリカではなく、実物の壁画を切り取って来て、ここで展示しているのかもしれない。

唐代李嗣本夫妻墓の武士俑

こちらが中国のSNSでバスっている武士俑。剣を持っていないのに、背後の影は剣を持っている!!不思議な光景だ!

これは武士俑の袖の部分が、光の壁の当たり加減で、たまたま影が剣を持っているかのように映しだされている。古代の人が狙って設計したものではなく、偶然の産物であるらしい。

河南古代壁画館

胡人牽駱

こちらも有名な壁画で「胡人牽駱」という。

ラクダを引く胡人、胡人とは漢民族ではなく、西域周辺の少数民族の呼称で、当時は「ソグド人」とも言われていた。唐の時代はシルクロード全盛で、交易を通じて西域との交流がさかんであった。

iPhoneで撮影してみた。雰囲気ががらっと変わった感じがする。

他にも多くの壁画が展示されている。

北魏 宣武帝 陵墓「景陵」

景陵。北魏第7代皇帝宣武帝陵墓である。

ここ洛陽古墓博物館の敷地内に、なんと本物の皇帝陵墓もある。

リアルに古墳である。

宣武帝の父である孝文帝の時、北魏は平城(山西省大同)から、ここ洛陽へ遷都した。

北魏は漢民族ではなく「鮮卑」という異民族である。皇帝一族は拓跋氏という家系で、彼らは洛陽への遷都を機に、鮮卑の服や鮮卑語を止め、完全に漢化する政策を推し進め、漢民族へ溶け込んだ。姓も拓跋から「元」と改姓した。

北魏景陵墓内の説明。

入口の様子。

早速中へ入っていみる。

棺のある地下室へと続く道。幻想的な光景である。

地下室の様子。同じような感じで北京にある明十三陵の万暦帝陵墓「永陵」も地下宮殿として一般公開されている。あちらの方が1000年程新しく、規模もデカい。

天井の様子。

棺が安置されていた。なんか皇帝にしては小さい。

北魏の宣武帝が崩御したのは499年で、聖徳太子より一世代前。時代背景から見れば、立派な陵墓かもしれない。

先程下りて来た地下室への通路。下から見ると地上へ登る階段のように見える。

登った後、下を見下ろしてみた。綺麗な景色である。

下を眺めていたら、ガヤガヤとコスプレイヤー達が上がって来た。

見どころ満載で、2時間程見学していた。

古墓博物館から最寄りの地下鉄駅までバイクタクシーで移動。10分程で8元だった。