新疆ウイグル自治区

ウルムチ/楼蘭の美女 in 新疆ウイグル自治区博物館 北疆の街を訪ねて、イリ・カザフ自治州

ウルムチ

伊犁カザフ自治州 訪問の前書き

大学生の時に見たNHKの番組で、中国の新疆ウイグル自治区に満州語が使われている街があることを知った。満州語は、かつて中国東北部から清王朝を興した満州族の言語であったが、中国全土を統治するに至った過程で、急速に漢化が進み、今では本拠地の中国東北部(旧満州)で母語とする話者が10人もいない、瀕死の状態の言語となっている。そのような満州語を、遥か4000㎞離れた新疆ウイグル自治区で日常的に使われている地域があるという。その後の調べで、そこは新疆ウイグル自治区のチャプチャル・シべ自治県であることをが分かった。番組の記憶の中で、そこでは小学生まで学校の授業は満州語で行われ、中学から漢語(中国語・普通話)を始める。また世界で唯一、満州語の新聞が発刊されている。北京に眠る多くの満州語文献の翻訳作業のため、多くの人材が派遣されている。それらのことを直接自分の目で確かめたくて、実際に現地へ行ってみた。

新疆ウイグル自治区博物館

朝10時過ぎに新疆ウイグル自治区博物館へ到着した。

博物館前には高架があり、その反対側の様子。ここには無印良品、BURGER KING、ユニクロ、KFCなど外資系の店が多くあり、古代の展示品がある博物館とは対照的で、近代的な雰囲気がある。

「新疆ウイグル自治区博物館」は入場無料で、パスポートの提示が必要。毎週月曜は休館日。

新疆ウイグル自治区博物館の前置き。新疆ウイグル自治区は「ウイグル」という名前がついているが、ウイグル族以外合計13の少数民族がいる。異なる自然環境や社会背景で独自の民族文化を継承して居住している、等書かれている。

新疆の地が中国の版図に編入されたのが清朝の時代で、当時は「新疆省」と呼ばれていた。「新疆ウイグル自治区」が成立したのは中華人民共和国建国10年後の1955年である。

当時の様子が模型で再現されている。

和田から近いニヤ遺跡から発掘された木簡。

アスターナ古墳群から発掘された彩色泥俑。

唐時代のもので、墓の中に埋葬されたもの。主人を悪霊から守るために、これらも一緒に埋葬された。

彩絵天王踏鬼木俑。鬼が天王に踏まれている。この天王は敦煌の壁画や石窟などでもよく見かける。

1972年アスターナ古墳群から発掘された鎮墓獣(上)と彩絵泥塑伏昕像俑(下)。

アスターナ古墳群から発掘された彩色騎馬男泥俑。唐代のもの。

伏義女媧図。この図は、この後行ったトルファン博物館でも見た。伏義と女媧は中国古代神話に出て来る神で、夫婦又は兄妹とされる。伏義は中国神話に登場する神又は伝説上の帝王。女媧は中国神話に登場する人類を創造した女神。二人は蛇身人首の姿で表され、下半身の蛇尾は絡まっている。伏義は左手に金尺を持ち、女媧は右手に金差を持っている。二人の頭上には太陽が、尾の下には月が描かれ、二人の周囲には星を表す丸い円が描かれている。

和田近況の遺跡から発掘された出土品。どれも2000年代に入って見つかった。

女官の俑。

満州語の書簡。

北京紫禁城太和殿で皇帝に謁見する藩部臣下の参列の様子。

ウイグル族

民族民俗資料陳列館では、新疆ウイグル自治区に住む12の少数民族の紹介展示があった。初めにウイグル族。統計年度にもよるが、新疆ウイグル自治区で約900万人近く居住しており、人口比率46%で最も多い。

モンゴル族

新疆内で人口約17万人居住している。新疆は、清朝がこの地を統治する以前はジュンガル部と呼ばれ、モンゴル部族が統治していた。

ウズベク族

ウズベク族。2013年の段階で約1.82万人が居住している。

ダウール族

ダウール族。もとは満州に居住していた民族で、シベ族と同じく乾隆帝時代に西域防衛のため、新疆へ移住してきた。2013年時点で人口約6,800人。

タタール族

タタール族。2013年時点で人口約5,100人。

タタール人はロシア領内のシベリアに多い。

カザフ族

カザフ族。新疆内に人口約135万人居住していて、ウイグル族、漢族に次いで3番目に人口が多い。

ロシア族

ロシア族。中国語の発音ではオロス族とも呼ばれる。2013年時点で約11,800人が居住している。

中国で少数民族として住んでいるロシア人のアイデンティティはどこにあるのだろう?

キルギス族

キルギス族。中国語の発音的にはクルグス族と呼ばれる。人口約17万。

タジク族

タジク族。2013年の時点で人口約4.9万人。主にタシュクルガンに居住している。

中国で唯一のイラン系民族でもある。

満州族

満州族。2013年の時点で人口2.71万人。シベ族、ダウール族とともに乾隆帝時代の1764年に西域防衛のため、一部の満州旗人も移住してきた。

こちらは唐時代の将軍のミイラ。「鄭吉」という名前が付けられている。

戦の時に戦死して埋葬された。西域都護府の最高軍政司令官であったらしい。立派な体躯をした将軍である。

こちらはアスターナ古墳群215墓の墓室に描かれた花鳥風月図。その前にはミイラが展示されているが、近くで見れない構造になっている。

赤ちゃんミイラも展示されていた。

こちらは且末(チャルチャン)で発掘された2800年前の男性のミイラ。

顔つきがかなりリアルである。2800年前のものとは思えない。

身長176㎝で推定年齢50歳、ソーカロイド(白人)。

こちらは同じ且末(チャルチャン)で発掘された2800年前の女性のミイラ。

衣服も当時のまま。

ソーカロイド(白人)とモンゴロイドの混血である。

こちらは楼蘭から南西に約100㎞程離れた「小河墓地」と呼ばれる場所の模型。小さな河のほとりにあった墓地であるが、その河は枯れ果て今はない。ここに1000体以上のミイラがまだ眠っている。

小河墓地で発掘された女性のミイラ。「小河墓美女」との名称もある。

楼蘭の美女

新疆ウイグル自治区博物館のハイライトである「楼蘭の美女」の展示。

発掘された時の様子。「楼蘭の美女」は1980年NHKと中国の共同取材で行われたNHK「刺繍の道」の撮影時、楼蘭古城に取材班が訪れた際、偶然に楼蘭近辺で砂の中から発掘された。

復元された似顔絵。現在AIを使って更にリアルに復元された写真や動画がYouTubeでも公開されている。

こちらが展示されている「楼蘭の美女」。

発掘された当初、「楼蘭の美女」は綺麗な白色をしていた。その後の調査の過程を経て、黒く変質してしまった。当時の技術では発掘時の状態を保てなかった。

「新疆ウイグル自治区」の行政区分。自分にとってはとても興味深い。

先日行ったボルタラ蒙古自治州もあった。この辺、清朝の時代は蒙古族のジュンガル部で、清朝に反旗を翻し、康熙帝により滅ぼされた。

タジク族の写真。タジク族とは説明が書かれていなかったが、タシュクルガンへ行った事があり、この服装の文様からタジク族服装の図柄であると分かる。

新疆ウイグル自治区博物館。「楼蘭の美女」を筆頭に、かなり見どころ満載の博物館であった。正味2時間ほど見学した。