河南省

洛陽/洛陽へ行ったら「原陵」へ行こう!後漢光武帝 陵墓 河南省王朝街道と少林寺初詣

洛陽

洛陽古都漫歩酒店

本日は後漢初代皇帝である光武帝の陵墓「原陵」へ行く。9:00過ぎに宿泊していたホテルを出た。

洛陽市内から「原陵」までは約30㎞ある。百度地図で行き方を調べたところ、路線バスを乗り継いで行けなくもないが、1時間半近くかかるので、タクシーで行くことにした。

「原陵」は洛陽市郊外の「孟津区」という場所にあり、すぐ裏手には黄河が流れている。

ホテルからタクシーで30分程で「原陵」前に到着した。タクシーの運転手から「ここから空車で帰るのはもったいないので、ここで待っているから、帰りも乗って欲しい」と頼まれる。こちらとしても帰る手段を考えていなかったので、待っていてもらうことにした。待ち料金はもちろんタダである。

原陵

道路を渡り、入口前へ来た。

地元民が、恐れ多くも世界史上名前の残る偉大な皇帝の陵墓前でトランプをしてる。光武帝劉秀は庶民派皇帝であったので、これくらいのことは許されることと思う。

中へと進んでいくが、遠い!タクシーの運転手には1時間程で戻ると言ったが、1時間で戻れるか分からない。

参道の両脇には等間隔で彫刻や石像が置かれている。

ここ「原陵」は地球の歩き方には載っていないし、他の方のブログ等でも見たことがない。

何故、自分が知ったかというと、たまたま地図を見ていて発見した。

10分ほど歩いてチケット売り場へ着いた。

入場料は大人一人27元。

渡された入場券には30元と記載されているが、販売員から「27元なので気にするな!」と言われた。

チケットは微信で事前購入もできる。

「原陵」の説明。

中へ入って行く。

正面の築山が墓塚らしい。4日前に行った安陽の袁世凱の墓所「袁林」よりはるかに大きい。

この墓石の上に「大清」と刻まれているが、清の乾隆52年に作られたもの。

光武帝についての紹介が描かれている。ちなみに日本では後漢と呼ばれるが、中国では「東漢」と呼ばれている。劉邦が建国した前漢は「西漢」である。何故、日本では名称が変わるのか?「殷」と「商」でも同じことが言える。

階段があったので、陵墓の上へ登っていく。尚、上へ上がる階段は90度間隔で4か所あった。

陵墓山頂の様子。

千年寳洞(千年宝洞)

何か文字が描かれている。

読めない!

千百年来、多くの人が一代名君である光武帝劉秀を慕い、ここを訪れ投げ銭をしている。この読めない文字の場所に銭を落とすと、音が響き、人生の方向性を示してくれるらしい。

光武祀

墓塚の隣に「光武祀」というエリアがあったので行ってみる。

建物があったので、中へ入ってみた。

光武帝劉秀が祭られていた。

廟碑も置かれていた。

後漢の皇帝一覧表。正直、後漢時代の皇帝は初代光武帝以外、思い浮かばない。強いて挙げれば、最後の献帝は映画「レッドクリフ」の中で登場する。この表には後漢各皇帝の陵墓の場所も記載されている。

建物の2階へ上がり、後の方向を眺めてみた。

100mほど先には堤防らしきものがあり、黄河が流れているが、ここから黄河の様子は見えなかった。何となく埼玉県栗橋あたりの利根川の堤防の雰囲気に似ている。

陵墓内部の様子。

1時間ほど見学していた。
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参道を歩いていると、タクシーの運転手から電話が来た。今、出口へ向かって歩いていると答えた。

この後、「洛陽古墓博物館」へ行く。