大連

大連賓館(旧大和ホテル)

七七街から徒歩15分で大連賓館前に着いた。ここは元満鉄経営の大和ホテル。

1909年着工で1914年竣工、日本人建築家の太田毅と吉田宗太郎により設計されたと記されている。

旧大連市役所(中国工商銀行大連市分行)

旧大清銀行大連支店(中信銀行)

中信銀行。1910年6月竣工で、大清銀行大連支店→清朝滅亡後の1912年に中国銀行へ改称。解放後、大連市教育庁舎→中信銀行へ至っている。

中山公園

中山公園。丸く円状となっており、ここから8本の道路が放射線状に伸びている。大連賓館の前から中に入れるが、この時は工事中で入れなかった。

旧横浜正金銀行(中国銀行遼寧省分行)

中国銀行遼寧省分行。1909年竣工の旧横浜正金銀行。

旧関東逓信局(大連市郵政局)

大連市郵政局。旧関東逓信局。

旧朝鮮銀行大連支店(中国工商銀行中山広場支行)

中国工商銀行中山広場支行。旧朝鮮銀行大連支店。

旧大連民生署(遼寧省対外貿易経済合作庁)

旧大連民生署(遼寧省対外貿易経済合作庁)

遼寧省対外貿易経済合作庁。旧大連民生署。

大連駅前勝利広場の方向。写真右の建物はスイスホテルが入っているビルである。

旧イギリス領事官跡地

大連金融大厦。この場所に1914年竣工のイギリス領事館があったが、取り壊され、2000年に今の建物が出来た。

上海路

中山広場から上海路を歩き、勝利橋方面に向かう。途中にあった大連銀行。これはたぶん歴史建築物ではない。

勝利橋(旧日本橋)

線路に掛かる勝利橋。関東州時代は日本橋と呼ばれていた。橋の左下には大連駅ホームがある。

ロシア風情街

勝利橋を渡ると「ロシア風情街」地区へと出る。

もともとロシア人居住区の場所であった。大学時代の1997年に来た時はただの廃れた通りであったが、2004年に来た時には「ロシア風情街」として、観光地化されていた。

時間が無く、ここには5分ほどしかいられなかった。

ペアルック発見!そんなことはどうでもよく、急いで駅へ戻る。

最後に振り返り、もう一度「勝利橋」を目に焼き付ける。

勝利街

勝利橋から勝利街をスタスタと早歩きして進み、大連駅へと急ぐ。

大連駅

11:30前に大連駅へ着いた。寄存所に預けていた荷物を受け取り、タクシーで空港へ向かう。所要20分ほど。13:00発成田行きのJL828便に搭乗し帰国した(往復マイレージを使用)。今回の旅程の半分は、以前に行ったことのある思い出の地の再訪問で、新鮮感はあまりなかったが、それなりに充実して楽しかった。