泉州
泉州駅

アモイ発13:19のG6202に乗車し、14:05に泉州駅到着。

ホームを降りて、出口改札へ向かう。

このオヤジは成龍!若かりし頃の面影が徐々に薄れている。

泉州駅の隣に「福厦鉄路泉州駅」という路線バスのターミナルがあり、そこから203路のバスで泉州博物館へ向かう。バスで9駅目、1元。
泉州博物館

バスで20分程で泉州博物館に到着。微信で事前予約していたが、パスポートチェックのみで、予約QRコードはチェックされなかった。入口近くで荷物を預ける。

入口は2階にある。どこもそうであるが、この博物館もかなり大きい。五一節の連休中なので、そこそこ人も多かったが、激混みでという程でもない。

「世界閩南文化展示センター」とある。「閩」は福建省を称する漢字で、「閩南」とは福建省南部の泉州、アモイ、漳州一帯を指す。



泉州は元の時代にアラブ人やペルシア人が居住する国際都市として最盛期を迎えた。

「元」の前の「宋」の時代の泉州の街並み。

「元」の後の「明」の時代の泉州の街並み。しかし「明」以降、海洋交易の中心地は福州やアモイへ移っていくことになる。


元の時代に中国へ来たマルコ・ポーロにより、彼の著書『東方見聞録』の中で「ザイトン」として紹介されている。

マルコ・ポーロは陸路で中国へ来て、帰りは海洋航路で欧州へ戻った。

明の永楽帝の時代には、宦官の鄭和が7回にわたる大航海を行い、福建省の港も拠点とされていた。

明末清初期には鄭成功が現れた。彼は長崎県平戸生まれの日中ハーフである。父は泉州出身の鄭芝龍で、ママは平戸出身の田川マツ。ちょうど中国大陸が明から清への移行した時期で、当時オランダに占領されていた台湾からオランダ人を駆逐し、台湾を拠点に反清復明活動を続けていた。

泉州は台湾との結びつきが深く、絆は強い。

泉州から台湾へ多くの移民を輩出している。

閩南地方では「布袋戯」と呼ばれる人形劇が生まれている。


閩南地方の影響を深く受けている台湾も、「布袋戯」では民間芸能の一つとして今尚継承されている。

明清時代の科挙の進士科Top3の金傍。

順位に「状元」、「榜眼」、「探花」。閩南地方からも多く輩出されていた。

閩南地方の世界遺産。福建省ではにこの他に武夷山も世界遺産登録されている。今回の旅行で全て制覇した。


海洋から外来文化が流入し、ペルシア文化の影響を受けているものもある。




1時間程、泉州博物館内を見学していた。